んん~……遅い! 実に遅いなぁ。マスターは何をしているんだ……。かれこれもう1時間近くお店の前で待ってるのに……。す~、す~、は~、は~、スーハー……
カランコロン♪ ん? なになに? ちょっとあなた、落ち着いて! あれ? 神山くんじゃない! 来てたの?
「来てたの?」じゃないですよ!! もしかして、中にいたの?? ボク、ずっとココで待ってたのに!
ごめんごめん、仕込みにちょっと時間がかかっちゃってね。そとでものすごい鼻息がしたから見に来たの。でも来ているなら、ドアをノックするとか、お店の電話を鳴らすとか、したらいいのに。
ノンノン! 開店せぬなら、開店するまで待とう、カミヤマギス、なんですよ!!
あら、徳川家康みたいなことを言うのね(「カミヤマギス」って何なのよ……)
え、僕ってそんなに、有名な戦国武将に似ています? いや~、毎度、照れるなぁ。マスターみたいな美人に惚れられるレベルになっちゃったなんて~。
何をバカなことを言ってるの! じゃあなに? あなた、モテるためにマンガを描いているの?
いい? 徳川家康っていうのはね、歴史上の人物の中でも、特にどっしりと肝が座ったイメージを持たれているの。あなたとは正反対でしょ?
何を言ってるんですか! ボクから放たれる「現代の家康」とも呼べるようなこのオーラが理解できないんですか!?
はっきり言って、ぜんぜん理解できないわ。じゃあ、いつものコミカルタッチじゃなくて、家康っぽい重厚感あふれる感じで自画像を書いてごらんなさいよ。
え? 家康っぽい感じのボクですか? ん~、こんな感じかなぁ……サラサラサラ~っと。
はぁ、相変わらず……
さっ、ドンッ!
あら、あなた。
わ、前回、とつぜん登場した……
そうよ。あれ以来、お店に通ってくれているのよ。神山くんの絵がダメダメだから、描いてくれたのね。さすが、なかなか上手に仕上げているわね。
ふふふ。
ふふふ、じゃないよ! そろそろ素性を明かしてよ!! ちょっと絵が上手いからって、カッコつけちゃって。
ちょうどよかったわ。今日は2人で勉強をしましょう。ほら、2人とも、これを読んでみなさい。ドサドサドサ……
わぁ、大量の原先生のマンガが出てきた!! あれ? それぞれに家康の顔が違うなぁ。
そう。そこが大事なの。1つずつ見ていくわよ!
左から2つ目:(ゼノンコミックス)花の慶次・4巻112P第46話『傾奇御免状の巻』
右から2つ目:(ゼノンコミックス)花の慶次・6巻15P第69話『戦国の徒花の巻』
右:(ゼノンコミックス)花の慶次・12巻192P第163話『いくさ人の意地の巻』
『花の慶次』に登場する家康は、天下人になる前、つまり秀吉の部下であった時代の家康であり、“ヘルパー(=主人公や読者への説明役、主要人物の助力する役など)”としての役割りを担っているの。狡猾さを感じさせつつも、どこか温和な雰囲気が見て取れるわ。
作品終盤では、天下人となる主人公に立ちはだかる敵役となり、きりりとしたカリスマ性を醸し出しているの。とは言え、それまでのキャラクター性を崩さないデザインに収まっている点も見逃せないわね。
右:(徳間コミックス)影武者徳川家康外伝 左近・1巻24P第1話『関ヶ原の巻』
本編とスピンオフの関係とも言える『影武者徳川家康』と『武者徳川家康外伝左近』に登場するのは、家康そっくりの野武士である二郎三郎ね。
両方の作品に関ヶ原の合戦以降の家安(影武者)が出てくるけど、ここでの家康は“堂々としている”ということ以外は、まったく異なっているの。なぜなら、『影武者徳川家康』における家康が作品の主人公であるのに対して、『武者徳川家康外伝左近』の家康は、主人公の敵役だから。
そして『武者徳川家康外伝左近』においては、中盤以降、主人公と共闘する味方としての役割りにシフトするから、単純に敵としてのデザインじゃなくて、ワイルドさとひょうきんさも兼ね揃えた、クセはあるけど、どこか憎めないキャラとして描かれているのよ。
右:(ゼノンコミックス)戦の子・8巻175P第43話『今川の本性』
『いくさの子』に登場するのは、人質時代の幼い家康よ。ここでの役割は、2回前の『子どもたち』で説明した“動機づけ役”を果たしているわ。
もちろん子ども時代だから、容姿に違いがあるのは当然だけど、貫禄を感じさせつつ、どの家康にもなれそうな顔立ちをしているのよね。主人公である信長とは対極にあるデザインであることもポイント!
なるほど。同じ人物なのに、作品によって、ここまで描き分けられていたんだ……。どの家康にも、歴史を通して読み取れる“どっしりと据わった”一貫したイメージが継承されているのか。これは奥が深いぞ……。
そうね。家康は3歳から12年にも渡って人質として過ごしながらも、ずっと独立の道を志し、あらゆる手段を使って生き抜いてきたという、独自のキャラクター性があるの。そのイメージを反映するということは、実在の人物をマンガにキャスティングする手法として欠かせない「モデルへの敬意」に通じるものがあるわ。
ふむふむ、分かってきたぞ! それってつまり、創作において、歴史上の人物が持つ根幹のイメージを踏襲しながら、個々の役割に応じてデザインするテクニックなんですね!
そのとおり。よく理解したわね。ウフフフ♪
(ゼノンコミックス)花の慶次・3巻200P 第35話『豪槍必殺陣の巻』
左から2つ目:主人公の引き立て役で、邪悪なイメージの織田信長。
(徳間コミックス)影武者徳川家康 外伝左近・2巻74P 第8話『影武者の過去の巻』
右から2つ目:伝説の覇王、といった貫禄の織田信長。ヘルパー役も兼ねている。
(ゼノンコミックス)蒼天の拳・14巻88P 第239話『英雄守護の拳!!の巻』
右:主人公の織田信長。『蒼天』と違い、凛としつつ人間味のある表情と、荒々しさのない整ったデザインになっている。
(ゼノンコミックス)戦の子・1巻15P 第1話『吉法師の時代』
先生が描く『同じモチーフながら、作品によって違う姿』は、家康だけじゃないのよ。織田信長、石田三成、今川義元、豊臣秀吉……など、ここまで出てきたポイントを当てはめながら見てみると、面白いかもね!
例えば織田信長だとどう? 『花の慶次』だと、天下人であり、ヘルパー的な役割り。『武者徳川家康外伝左近』では、主人公の引き立て役で、邪悪なイメージがあるわ。さらに『蒼天の拳』だったら、“伝説の覇王”のイメージを持った貫禄のある姿、そして『いくさの子』だと、主人公として、凛とした表情を持ちつつ、人間味のある表情と荒々しさのない整ったデザインになっているの。
どう? 神山くん、分かったかしら??
ふ~、今日も勉強になったなぁ。頭を使うとお腹がへっちゃった。マスター、何か食べるものをください! 仕込みに時間がかかったと言っていたお料理、何なの?ちょうだい、ちょうだい!
お料理? 何を言ってるのよ。時間がかかったのは、“技の仕込み”に決まってるじゃない。でも、そんなにほしいのなら、いいわよ。
え? 技?? どういうこと!? って、聞いてる間もなく、あーーーーー、マスターーーーーーー!!
秘孔、『風厳(=ふうがん)』を突いたわ。少々の体力と引き換えに、毛根を活発にするツボよ。
も、毛根を?
うわ~……
マスター、技をかけた本人がドン引きってどういうことですか! こんなヒゲじゃ手元が見えないし、マンガが描けないよ……。しかもこのヒゲ、固い! これじゃ、剃れない!!
え、固いの!? 余計に気持ち悪いわ……
神山くん、剃れなくても大丈夫だよ。いつかは抜けるからさ。「生えすぎているなら、抜けるまでまとう、カミヤマギス」ってね。
カミヤマギスって、なんだよー! って、最初に言ったのは僕だけどよー!!!! そもそもヒゲは抜けないでしょ! マンガは上手いけど、どこか抜けてるなぁ……
フフフ……。